どんなボートを選ぶかはレポーターのお好み次第。掲載は定期的ではありません。
第一弾は2014年夏に進水し、直後にパールレースで優勝したエスプリです。(編集部)
レポート/角晴彦
写真/矢部洋一
「エスプリ」基本データ
Boat Name : ESPRiT
Boat Type : CARKEEK40 MkII Grand-Prix
Design : Carkeek Design Partners
Builder : Premier Composite Tchnologies
特徴的なハルスターンフォーム
極端に広く薄いスターンハルフォームが最近の傾向と言えそうだ。
軽量プレーニングタイプの船型を求めると高速ディンギー(ハイドロフォイルは別)のフラットなボトムを持つことになるのは当然の成り行きであるが、オフショアボートのプレーニングハルはVOLVO70でのデザイン進化で大きく変わった。
ヴェンディグローブレースでも採用されているOpen60クラスでは20年も前から幅広薄型スターンの性能の高さを証明しているが、VOLVO70でハル形状とアペンデージの最適化がより高い精度で進んだといった印象を受ける。
VOLVO70のカンティングキールとダガーボードの組合せもOpen60クラスが最初(正確にはミニトラサットの6.50クラスが最初)であるので、オーシャンゴーイングのショートハンドで培われ実績が積まれたコンフィギュレーションが、今インショア・オフショアの小型からマキシまでのグランプリレースで主流になりつつなるというのは非常に興味深い。

スクエアートップメインセール、バウスプリット、スウェプトバックスプレッダー、マストトップダブルバックステーというCARKEEK40のリグは、グランプリレース界で今最もエキサイティングであり、また同時に標準仕様でもある。TC52やトランスパックでR&Dが進み、その技術が40フッターに活かされている形だ。
しかし、プレーニング重視の幅広薄型のスターンには、ヒールした際のラダーのストールのことを考えると、当然ツインラダーになるものだとの認識があったのも事実だ。ところがここ数年、KER、BOTIN、CARKEEKといったデザイナーによるハイパフォーマンス艇に、軽量プレーニングハルとシングルラダーの組合せが多く見られるようになった。
Carkeek40のハルフォームはまさに以上のような変遷を感じさせるものである。シングルラダーを採用することにより、上りパフォーマンスの向上と、インショアのブイ周りレースでのウィークポイントをカバーしている。

このボートがHPRを意識したデザインであるのは、このジェネカーとバウポール レイアウト見ても判る。HPRのルールによると、全長の二次方 程式でジェネカー 面積が与えられ、それから外れるとペナルティーとなるため、40フッターでは 180㎡程となり、マスト前面からバウポール先 端までの長さは、全長に比例した数値7.5m程を越えると、不利になる。
様々な工夫
初代Carkeek40であるMkIは3年ほどの実績を持ち、主に米国で活躍している。この3年にわたる実戦でのフィードバックを元に改良が加えられたのがMkIIだ。
MkIはオーストラリアのマコナギーで建造されたが、MkIIはドゥバイのプリミア・コンポジット・テクノロジーという建築から航空宇宙まで幅広いコンポジット製品の製造を手がける企業が行なっており、CARKEEKデザインのハイパフォーマンスボートもすでにいくつかラインナップに含まれている。
デュアルパーパスというのは好まれる呼び名であるが、Carkeek40 MKIIの場合のそれは、HPR/IRC、インショア/オフショア、オーナードライブ/プロドライブなど広い意味を持つようである。HPRに代表されるグランプリレースと広く人気を集めるIRCレース、オフショアのみならずインショアのブイ周りレース、プロによるドライブでのグランプリレースのみならず、オーナードライブによるローカルクラブレースも、といった具合だ。
使われる材質やオプションによっていくつかのグレードがシステマティックに用意されているのもCARKEEK40の強みであろう。レース(Eグラス/フォームコア)、グランプリ(カーボン/フォームコア)、グランプリカスタム(プリプレッグ/ノーメックスコア)の3種類の材質、工法が用意されている。
また、Carkeek40は輸送時の融通を考慮し、40ftフラットラック、つまり40ftコンテナーのスペースに収まるラックにハル、キール、リグが搭載できるようなシステムが用意されている。ハルを立てられるクレードル、2分割式のマスト、クイックリリースカセットキールなどがそれに含まれる。オートレースのようなサーキットシリーズレガッタが盛んなヨーロッパでは、40ftコンテナーによる輸送が非常に重要なロジスティックスとなっている。
HPR(High Performance Rule)
2010年にニューヨークヨットクラブのハンディーキャップルール委員会の提唱から動き出したハイパフォーマンスルールは、スティーブ・ベンジャミンを頭に、5人のテクニカルアドバイザーらを中心にコンセプト作りが行なわれたが、カーキークはこのテクニカルアドバイザーの一人である。
HPRはその名の示す通り、ハイパフォーマンスモノハル艇を念頭に開発されたレーティングシステムだ。基本的にボート全長Lが決まると、それに見合ったタイプフォームと呼ばれるディメンジョンが与えられる。ディメンジョンは、ビーム、フリーボード、喫水、重心高さ、クルー重量、排水量、上りセール面積、スピン面積、リグ高さの9項目だ。
このタイプフォームから実際の計測値がずれる度合でそのボートの性能を評価するもので、レーティング値は長さの単位(m)を持ち、タイプフォームからのずれが全くない場合、つまりタイプフォームと同じディメンジョンを持つボートは、ボート長さがレーティング値になる。
また、タイプフォームからのずれの度合いに制限が設けられ、ある幅の範囲であれば、トレードオフが可能であるが、範囲を越えるとペナルティーが科されたり、クレジットが与えられなくなる。つまり、タイプフォームからずれたデザインを奨励しないボックスルールの構造になっている。
HPRはグランプリサーキットにおけるハイパフォーマンス艇に特化したルールであるから、デザインバリエーションを狭めレーティングの精度を高めることを可能にする一方、広く一般に使われるレーティングにはなりえない。
つまりIRCやORCi、ORCCのシステムに代わるものではなく共存するものであり、開発の意図もそのように謳っている。
そんな訳でCarkeek40もIRCとHPRのデュアルレーテインングをはじめから意識して設計開発されているようだ。
しかし2つのレーテインングシステムの最適化を突き詰めて行くということではなく、どちらかと言うと、HPRのボックスルールによりパラメーターが決まり、そのパラメーターの中でデザイナーの自由な発想を元に、VPP/CFDを駆使し最高のパフォーマンスが得られるボートを仕上げていったと言えるだろう。
HPRはフォーミュラもタイプフォームの係数も全て明らかにされているので、デザイナーはルール内での最適化が可能である。
一方IRCはそのシークレット要素の存在により、ルール内での最適化が実質できないので、デザイナーがルールのために手を煩わせることは不要なのだ。HPRルールに則ったハイパフォーマンス艇を作り、グランプリサーキット以外の一般レガッタでは、IRCからそれなりのレーティングを得てレースを楽しむ、というのが実際の姿であり、オーナーの多くもそのようなスタイルを求めているのではないだろうか。
アペンデージ

セールプランと水面下のバランスに関してカーキークデザインは特徴的だ。
水面下のラテラルレジスタンス中心(横方向面積中心)は主にキールストラットとラダーの2つの主要翼面によって決まるが、Carkeek40のそれは、キールストラットがマストの直ぐ後ろに位置し、ラダーはトランサムから2m程前方に位置している。
これは最近の軽量ハイパフォーマンス艇の中では、面積中心がかなり前に寄っているという印象を受ける。

トランサム形状から判るように、スターンのトップサイドを垂直に立たせることによりヒール時にエッジを効かせ、水線付近の斜めの切れ込みは 水線幅を狭め節水面積を減らし、ボトム部の平な部分はプレーニングを促す、といった解釈になろうか。
Ker40はスターン部に大きなフレアーを持つ。つまり、細い水線幅から広いデッキエッジに向けて直線的にフレアーを持っている。
一方Carkeek40の方は、水線部からデッキエッジまでにチャインと言えそうなナックルを持つので、デッキエッジからのラインは真下にいったん降り、ナックルして水線幅まで切れ込んでいる感じだ。
このようなラインはボルボオープン70で成功したチャイン船型の流れを汲む。
このようにスターン部のサイドにエッジが立っているような船型は、ボートがヒールしてリーウェイの状態にある時に、キールやラダーの揚力に加え、サイドのエッジを利かすことができるはずだ。
スターン部のエッジが効くことで、キールストラットとラダーによる揚力を補えるので、水面下ラテラルレジスタンスが結果的に後方に移動すると考えられるのではないだろうか。
ラダーの位置が前寄りにある点は、1992から2007にかけて採用されていた国際アメリカズカップクラス艇で見られるようになった傾向と言える。
つまり、ヒール時にラダーの一部が水面上に出ることによる抵抗の増加を嫌い、できるだけトランサムから前方に離し、ハルの深い位置にラダーを置くというものだ。
Carkeek40のような軽量プレーニング艇の場合、ラダーを前にしてもカヌーボディーはあまり深くならないので、ヒール時にラダー上部が水面に出ることを防ぐことができるか疑問に思うかもしれないが、スターンにかけ極端に広いビームを持つ艇は、トランサムに寄るほどラダーが抜けやすいので、前に位置させる意味がある。
このアプローチはシングルラダーであるが故のもので、ツインラダーだと話が変わる。例えば、同じく40ftのハイパフォーマンス艇であるクラス40を見ると、ラダーはトランサムぎりぎりかハングラダーが採用されている。ツインラダーの場合、ヒールすると風下側のラダーは必ず水面下に収まるが、上側は必ず水面上に顔を出すので、ラダーを前に移動する意味は無い。むしろ、できるだけ後ろに位置させて直進性を確保するのが好ましい。
最後に
角晴彦さんの新艇レポートはいかがでしたか。冒頭にも書いたように、これからも不定期ではありますが、角さん推薦の気になるボートをレポートしたいと思います。いつ、掲載できるか分からないので、常にWeb版J-SAILINGをチェックしてください。(編集部)