
葉山港をベースに行われたジュニアユースアカデミー
はじめに
葉山町内に前泊した翌朝、ホテルの窓から冬晴れの富士山と濃い青の相模湾が鮮明に見えました。そこに江の島が加わり、葉山町の借景のような景色に感心しながら、古くから保養地として親しまれた土地柄を感じました。
12月21日(土)、22日(日)、暮れも押し迫った週末の二日間、神奈川県葉山町にて葉山アカデミーは行われました。会場は江の島とならぶ相模湾のセーリング拠点、葉山港です。講師は私、山本悟とアカデミー委員会、中村公俊委員長が務めさせていただきました。
受講生は、葉山町セーリング協会(以下、同協会)に所属し、日頃はOP級で活動している小学3年生から6年生の男女ジュニアセーラー39名です。そこに420級で活動するユースセーラーほか指導者、保護者、関係者合わせ総勢100人を超える大人数になりました。これは、2012年から講師をさせていただく私としても過去最大の参加者数です。現在の少子化時代にあり、この規模を誇る同協会には、文頭の景色と合わせ日本ヨット発祥地の矜持を見るようでした。

出艇前の講習
危機一髪!
初日は、吹き上がる予報とは裏腹に、午前9時の集合時には穏やかな天候でした。インフルエンザで受講生の10名ほどがお休みでしたが、参加者は葉山港クラブハウス2階の広い会議室に移動して最初の全体ミーティングを行いました。今回は3年生のC(初級)クラスを中村委員長、4年生から6年生のA・B(中・上級)クラスを私が担当し、全体ミーティング後に分かれて練習内容を確認しました。そして、いつ吹き上がるか予断を許さない中、とにかく安全なうちに早く出ようと午前10時に出艇しました。
それから、A・Bクラスが練習レース2レースを終えた午前11時過ぎ、まだ吹き上がる兆候が現れる前に、同協会青山義弘監督のご判断によりA・Bクラスから速やかに着艇、続いてCクラス、ユースクラスが各コーチ指示のもと葉山港へ戻りました。そして間もなく、一瞬のうちに南西の風が吹き上がり(この日の瞬間最大風速18m/s)、危機一髪で危険な状況を免れました。真っ白になった練習海面には、戻り遅れた複数の沈艇が救助されながらも事故に至らなかったのは不幸中の幸いでした。
この日、午後の練習は中止となり、昼食を摂ったあと各クラスのミーティングを経て、早めの懇親会へと移行し解散となりました。
「ショットガンスタート」
アカデミー講師として、委員会の趣旨であるシーマンシップの理解を深める練習を心掛けています。今回は、過去にキールボートレースで経験したショットガンスタートを採り入れました。これは、設計が異なるキールボートのハンディキャップをレース前に計算して、時間差で遅い艇から1艇ずつ出てゆくスタート方法です。これを、設計が同じでハンディキャップのないOP級では、各受講生に自己判断でスタート順位を決めてもらい、1艇ずつ5秒毎にスタートするようにしました。練習レースは上下1周のソーセージコースです。
最初はスタートを合わせられない受講生もいましたが、レースを追うごとに上達してきました。そして、フィニッシュまで20分ほどにも関わらず、最初のレースから1分15秒もの差を覆し、見事トップフィニッシュを果たした受講生に驚きました。私は、20分のレースで1分以上の差を覆すのは無理だろうと予想していたからです。これには、成長過程にあるジュニアセーラーの無限の可能性を再認識しました。
シーマンシップを航海術に優れていることと捉え、その中でも安全に生還するためには自然の変化を読むことが最優先であると説明しています。その重要性をセーリング競技にも重ね、影響力の強さを実感してもらうためにショットガンスタートを紹介しましたが、この現実はまるで、受講生自ら立証してくれたようでした。

中村コーチによる講習
Cクラスの練習
Cクラスでは2日間を通し、海上練習前後に中村委員長による熱心なミーティングが行われました。基本的な技術中心の内容だったようですが、海上では経験の浅い受講生でも集中している様子が伝わってきました。全体ミーティングで、つい飛躍し過ぎる私の話で飽きさせてしまうことが多い中、その内容と対話術は非常に興味深いものがあります。実際にコーチボートに同乗され、大きな望遠レンズを備えたデジタルカメラで撮影されていたお父さんが「見たこともない子供の真剣な表情が伝わってきた」と、最後の全体ミーティングでコメントされました。JSAFにおいて、アカデミー委員会が長く支持される理由を垣間見ました。
2日目のA・Bクラス
前日の強風が収まり、北寄りの岸風に変わった最終日の2日目は、強弱と振れの激しい練習海面になっていました。午前は初日の練習からショットガンスタートの条件を緩めてみました。その条件とは、最初のスタート前に出ても良い(5秒や10秒、それ以上開けても良い、つまりリコールして良い)と、更に遅らせても良い(10秒や15秒、それ以上開けても良い)というものです。さすがにスタート前を選択する受講生はいませんでしたが、数人がスタートを遅らせる選択をしました。そしてまたもや、初日にトップを獲った受講生が、更に最後方からトップフィニッシュしました。これについて私は「自然の変化が多いとチャンスが増える」「それだけ自然の変化を正しく読んでいる」と練習後のミーティングで説明しました。
午後は、おさらいとして通常のスタート形式で2レース行いました。受講生たちの自然の変化に対する集中度が最も上がっており、最終レース上マーク付近のトップグループには見ている方も興奮しました。
また、そのレースでトップフィニッシュした受講生は、ミーティングで「(トップフィニッシュしていた受講生に)後ろから抜かれて悔しい」、2位フィニッシュの受講生は「抜かれなかった」とコメントしており、チーム内に相乗効果が生まれていることも伺えました。

山本コーチによる講習
最後に
年末のお忙しい中、井上義郎会長はじめ、葉山セーリング協会の皆様には大変お世話になりました。初めて経験する冬の葉山アカデミーでしたが、海上では受講生が増えたリスク以上の安全体制が備わり、安心してコーチングに専念できました。そして、陸上でのホスピタリィティも素晴らしく、休憩時間をリラックスして過ごせました。ありがとうございました。改めて御礼申し上げます。
1つ言い忘れたことがあります。2024パリオリンピック、ミックス470級に出場した岡田奎樹選手は見事シルバーメダルを獲得しました。帰国後、マスメディアからインタビューを受けた際、獲得理由を「私は風が見える」とコメントし、今回それがシーマンシップ(航海術)の「自然の変化を読むこと」に繋がるとお伝えしました。
国内に、そのコメント通りの場所があります。「風が見える丘公園」。セーリングのパワースポット、聖地かもしれません。実際に行けば、岡田奎樹選手のように風が見えるセーラーになれるかも?まだゴールドメダルが残されています。(アカデミー講師 山本悟)