Technical Committee
技術委員会

2004年3月18日
JSAF技術委員会
セーリングクルーザーの転覆沈没事故を防ぐために

1.乗りすぎは危険です
2.無理なセールの張りすぎは危険です
3.急激なタッキングは危険です
4.もう少し大きな船でも危険です
5."ヨットの安全神話"を鵜呑みにしないで
6.転覆しても沈没しないようにするには
7.対策のまとめ
 ・  付録

乗りすぎは危険です (PDFファイル版)



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あなたの船が全長6mから7mで、排水量が1.1トン(1100kgf:備品含む)、バラスト比が30%程度であれば、復原力曲線(乗員なしの場合)はほぼ図1のグラフ(1)のようになります。このグラフは横軸がヒール角で、縦軸が船の復原モーメントの大きさを表しています。復原モーメントがプラスの場合は、船が傾いてももとに戻ります。この図より、プラスの復原モーメントが最大になるのはヒール角が約60°の時で、復原モーメントがゼロになるのが120°近く(これを復原力消失角と言います)であることが分かります。ということは、この船は120°までヒールしてももとに戻るけれども、それ以上だと180°転覆(おわん状態)になってしまうことを表しています。
あなたの船の復原力曲線がこれに近いかどうかは、次のように確認できます。大人(60kgf)5人が乗艇して、中心線から1mはなれたデッキサイドに並んでみて下さい。この時のヒール角が15°程度であれば、ほぼこれに相当します。図1のグラフ(2)が横軸と交わる点Aがこの状態を表しています。さらにこの船に、大人10人が同じようにデッキサイドに並んだ時の復原力はグラフ(3)で表されます。この時、ヒール角は点Bに示すように約40°となり、何かにつかまっていないと乗っていられなくなるでしょう。また図から、復原力がプラスの部分がわずかしかないことが分かります。これは、あとほんのちょっとした波や風があったら簡単に転覆してしまうことを意味しています。
考えても見て下さい。この船のバラストは約300kgfです。大人5人だとやはり約300kgf、10人だと約600kgfの重量がデッキの上に乗ることになります。船に大勢乗ることが、いかに危険を伴うかがお分かりいただけると思います。


図1 全長6.3m、排水量1.1トン、バラスト比30%のクルーザーの復原力曲線



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図2は、同様にこの船に大人5人がデッキ上に乗った時の復原力曲線を表しています。今度は、(1)は風上側に並んでヒールを起こしている場合、(2)は船体中央に並んだ場合を示しています。
また風速10m/sと12m/sの時に、メインセールとジブ合わせて20m2のセールを張った時の風によるヒールモーメントを(a)、(b)で表しています。なおヒールモーメントは、少し極端ですが風を真横から受けたものとして計算しています。例えば、セールを一杯に引き込んだまま、アビームになってしまった状態だと思って下さい。
セールに風を受けた時のヒール角は、船の復原力曲線(1)、(2)と、風によるモーメント曲線(a)、(b)との交点ということになります。例えば風速10m/sの時で、乗員が風上側に並んでヒールを起こしている場合は、(1)と(a)との交点なので約15°、乗員が船体中央にいる場合は、(2)と(a)との交点なので約35 °となります。平均風速が10m/sでも突風が吹くと12m/sを越えることは珍しくありません。こうなると、(1)、(2)と(b)との交点はそれぞれC、Dとなり、ほとんど復原モーメントの最大値近くになることが分かります。最大値を越えると、ヒールするほど復原モーメントが減る領域に入ってしまいますので、もう少し風が強くなると転覆は目の前です。風速10m/sを越えると、海面は白波でいっぱいになります。こんな時に無理にセールを張るのはやめましょう。


図2 大人5人が乗った場合の復原力曲線とセールに作用する風モーメント



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前ページの図2は非常にうまくセーリングしている時の話です。実はもっと怖いお話をしましょう。図2でデッキ中央に5人乗っている(2)の場合、風速10m/sの時のヒール角は約35°であることが分かりました。しかし、これは風がそよそよと吹きはじめて10m/sまでジワッと吹き上がっていった場合の話で、静的なヒール角といえます。
もし、風速10m/sの中でいきなりタックして急に反対側から風を受けると、風が船をヒールさせようとする仕事量は、直立状態からその角度までセールに与えた全エネルギーに等しいものになります。少し専門的になりますが、この大きさは図3に示す風によるモーメント曲線(a)の下側の面積に相当します。一方、船がこれに逆らって頑張ろうとする仕事量も、復原力曲線(2)の下側の面積で表されます。ですから、ヨットがタックして急に反対側から風を受けたような場合は、これらの仕事量(面積)が釣合う点まで一気に傾くことになります。これが動的なヒール角です。(この説明は付録にします。)
ですから、タッキング中に乗員がデッキ中央にそのままいる(2)の場合でも、の面積との面積が等しくなる75°程度(ほぼ横倒し)まで傾いてしまうことが分かります。もし予期しないワイルドタックが起きて、全員がそのまま風下になってしまった場合は、の面積がうんと小さくなりますから、簡単に復原力消失角を越える可能性があります。すなわち風速10m/sでも転覆するかもしれないのです。これは急激なタッキングの場合だけでなくスピンランでブローチングやワイルドジャイブした時にもあてはまります。


図3 風速10m/sで急激なタッキングやブローチングした時のヒール角



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これまでは、全長6mから7mで、排水量が1.1トン程度の船の場合についてお話してきました。船が大きくなると、排水量が大きくなる割合(全長の約3乗)とセール面積が大きくなる割合(全長の約2乗)が異なりますので、風によるヒールの影響は小さくなります。でも安心はできません。
図4に全長7.5m、排水量が1.8トン、バラスト比が40%の場合の例を示します。セール面積は26m2としていますが、ここでは大人5人がデッキ中央に乗った場合(1)と、風下側に乗った場合(2)を示しています。船が重くなるので、縦軸のスケールが大きくなるとともに、乗員の乗艇位置の影響が図2に比べて小さくなっていることが分かります。
ここでは風速12m/sとして、予期しないワイルドタックが起きて、全員移動しないまま風下になってしまったという最悪の場合を考えてみましょう、この場合も、船が頑張ろうとする仕事量と、風が船をヒールさせようとする仕事量が釣合う点は、図3と同様にの面積との面積が等しくなる点ですから、なんと復原力消失角近くの120°(キールが空を向いている)まで傾いてしまうことが分かります。このサイズの船で強風下のスピンランで、ブローチングやワイルドジャイブして横倒しになった経験はないでしょうか?横倒しで止まって転覆しなかったのは、幸運以外の何ものでもありません。こんな恐れがある時は、セール面積を小さくしましょう。


図4 全長7.5m、排水量1.8トン、バラスト比40%のクルーザーが風速12m/sで
急激なタッキングやブローチングした時のヒール角



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復原力曲線の魔術で、復原力消失角が120°近くまであるといった情報が、横倒しになっても安全という"ヨットの安全神話"につながっていると思います。「横倒しになればセールに働く風の力が抜けるのでそこで止まり、我慢していればその内に復原する」という神話です。
今までに述べたように、これは静的なヒール角についてしか言えないことです。動的なヒール角、すなわち「風が船をヒールさせようとする仕事量」という考え方からすると、横倒しで止まるという保証はどこにもありません。特にワイルドタック、ワイルドジャイブ、ブローチングといった、船が激しく向きを変える時が危険です。また、船のサイズが小さく、軽い船ほどこのような危険性が大きいので注意して下さい。



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大分怖い話をしてきましたが、転覆と沈没は違います。ハッチやシンクのシーコックなどが閉まっていれば、普通のヨットは180°転覆(おわん)状態になっても簡単には沈没しません。180°転覆になった場合は正立状態よりも復原力は小さいので、波のショックや、船内での人の動きなどによってもとに戻る可能性が高いとされています。これは世界一周をするようなヨットが、波にのまれて180°転覆しても、しばらく我慢していると元にもどったという経験が多数報告されていることからも明らかです。
しかしながら、もしデッキのハッチが開いているとそうはいきません。転覆から元に戻る時にハッチから大量の浸水があり、沈没する場合があります。2003年9月に琵琶湖で起きた事故がそうでした。
風の力だけで横転から転覆に至る可能性があることは、これまで述べてきたとおりです。転覆の可能性が感じられる状況下では、かならずハッチを(コンパニオンウェイの差し板も含めて)閉めましょう。またこの場合、あなたは水面に投げ出されることになります。ライフジャケットを着用することは言うまでもありませんね。



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・ ライフジャケットを必ず着用する。
・ 大勢の乗員がデッキ上に乗らない。(安全検査の定員とセーリング時の定員は別物)
・ 無理にセールを張らない。(ブロ-チングをよくする艇は要注意)
・ 急激なタッキングをしない。(シートを出さないで急にベアしない。ブローチングにも注意)
・ 横倒しになって水面に投げ出されたら、セールやマストにつかまらず艇体につかまる。
・ セーリング時はバウハッチはもちろんであるが、コンパニオンウェイのハッチと差し板もなるべく閉める。
・ シンクの排水口などのシーコックは全て閉める。(横転時や180°転覆時の浸水を防ぐため)



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動的なヒール角とは

図3を見て下さい。ヒール角が小さい内はセールに作用するモーメントが大きいのに対して、船体の復原モーメントは小さいですね。ということはセールに作用するモーメントが余っていることになります。すなわちヒール角35°までは、セールに作用するモーメントが大きく、これによってたまった仕事量が面積Aに相当するものと言えます。このため、静的に釣合う35°までヒールしたからといって、「はい、これでヒールするのはストップします。」とは、セールが言ってくれない訳です。
35°を越えると、今度は船体の復原モーメントが大きくなりはじめます。船体がセールに対して頑張った分の仕事量の大きさをBとすると、このBとAが同じになる75°までいって初めてセールが許してくれ、ヒールは止まるという訳です。これが動的なヒール角ということになります。そしてそこまでいって気が付いたら、船体の復原モーメントの方がセールのヒールモーメントよりも大きいので、「な~んだ」という感じで静的な釣合い点である35°へ戻っていくことになります。
「な~んだ」という感じで戻ってくれればいいのですが、もし復原力消失角までヒールしても、Bの面積がAの面積に満たなければ、セールの仕事量がまだ残っていますから、船は横倒しで止まらずに一気に180°転覆へ向かうことになります。横倒しで止まるという保証はどこにもないのです!!
なお、ここに示した動的なヒール角は、仕事量の釣り合いから求められる最大の値です。実際にはフィンキールやセールに減衰力が働きますのでこれほどにはならないと考えられますが、とにかく静的なヒール角よりもずっと大きく傾くことだけは理解して下さい。
どうかこの資料を参考に、自分の船の限界を理解した上で安全確保に努めて下さい。
以上