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ヨットってどんな乗り物?

ヨットは海や湖の水面を帆を使って進む乗り物です。大自然の中を滑走する爽快感が魅力で、スポーツとしてもレジャーとしても世界中で愛されてきました。東京2020オリンピックでもセーリング競技では10種目が実施され、日本のセーリング界はこれまでにない盛り上がりを見せています。

ヨットには1人乗りのものから10人以上で乗るものまで様々な種類があります。1人でも仲間とでも、様々なかたちで楽しむことができます。

セーリングは、馴染みのない方にとってはハードルを感じてしまうスポーツかもしれません。
しかしルールや安全に関する知識を身につければ、誰もが生涯を通じて楽しめる非常に魅力的なスポーツです。

クルーザー(メルジェス級)のレースの様子
クルーザー(メルジェス級)のレースの様子

セーリング競技とは

ヨットとは、帆(セール)に受けた風をエネルギー源として進む船のことです。
さらに帆を使って水の上を進むことを、「セーリング」と呼びます。
オリンピックでは、ウィンドサーウィンやカイトボードもセーリング競技に含まれます。

ヨットの歴史は、14世紀のオランダまでさかのぼります。
もともとは荷物を運ぶ船として使われていましたが、17世紀頃に船の速さを競うスポーツ的要素が発展したといわれています。
オリンピックにおける歴史も古く、競技としては第2回1900年パリ大会から実施されています。

セーリング競技は、主に海や湖で行われます。
東京2020オリンピックでは、1964年の東京大会と同じ神奈川県藤沢市の江の島が競技会場に選ばれました。

レースでは、同時にスタートした後に決められたコースをまわり、フィニッシュラインをきった順番で成績がつきます。

セーリング競技はゴールの早さを競うという点ではシンプルですが、実は複雑なスポーツです。自然環境が刻一刻と変わる中、それをいかに予測してライバルを出し抜くかがカギとなります。頭と体の両方を使わなければならないのが、セーリング競技の醍醐味です。

レーザー級のレースの様子
レーザー級のレースの様子

レースの概要

1. スタート

オリンピックのレースのスタートは、6分前からカウントダウンが始まります。選手の乗る艇は2隻の運営ボートで挟まれた仮想のスタートラインを、スタートの合図以降に通過することでスタート成立となります。これよりも前に通過してしまうと、リコール(フライング)となります。リコールのペナルティは、適用されるルールによって異なります。即失格となってしまうこともあれば、一度スタートラインに戻ればレースを続行できる場合もあります。いずれにせよ、見えないスタートラインを見極めることが重要になります。

スタートライン図解
スタートライン図解
49erFX級のスタートの様子
49erFX級のスタートの様子

2. コース

コースは、海面に設置された大きなマーク(ブイ)を決められた順に回って進みます。
最後にフィニッシュラインを通過することでゴールとなります。レースコースは通常、オープニングシリーズが1レース約40〜50分、メダルレースが1レース約20分で終了するようにセッティングされます。コースの種類は、種目や天候などにより変わります。

フィニッシュラインに向かう470級
フィニッシュラインに向かう470級
①インナーコース ②アウターコース ③ソーセージコース
①インナーコース ②アウターコース ③ソーセージコース

3. 得点計算

レースを終えると1位から順に1点,2点…と得点が与えられます。これを10~12レース程度行い、その合計得点の最も低い10艇が「メダルレース」という最終レースに出場できます。
メダルレースでの得点は2倍(1位ならば2点、2位ならば4点)となり、この得点を含めた合計点が最も低い選手が優勝となります。

4. 選手のポジション

東京2020オリンピックのセーリング競技では、レーザー級やRS:X級などの1人乗りのものや、470級や49er級などの2人乗りのものがあります。
2人乗りのヨットでは、クルーヘルムスマンがお互いに協力しあってレースを行います。

クルー
艇の前方で、艇のバランスを取るポジション。ジブやスピネーカーなどのセールを調整する。

ヘルムスマン
艇の後方で、舵を取るポジション。メインセールなどを調整する。

艇の前方がクルー、後方に座っているのがヘルムスマン(470級)
艇の前方がクルー、後方に座っているのがヘルムスマン(470級)
セール図解(470級)
セール図解(470級)

レースの見どころ

1. 壮大な自然

ヨットは風の強さによってスピードが大きく変わります。風上方向に進む場合、ヨットは風上に対して45度程度角度をつけないと走れないので、ジグザグと進むことになります。この時に、左の海面に向かうか、右の海面に向かうかで、風の強さや風向が変わるため、勝敗がわかれることもあります。選手は風や波、潮流や雲の動きなど、さまざまな自然の変化を観察してレースをしています。

2. 他艇との攻防

ヨットレースは他の艇との戦いも見どころです。ヨットは風を利用して進むため、風上に他の艇がいると風がさえぎられてしまい、うまく進めなくなってしまいます。特にマークの近くではヨットが大勢集まるので、攻防が激しくなります。

マーク回航(470級)
マーク回航(470級)

もっとレースを知りたい!

セーリング競技には、他のスポーツと同様に定められたルールが存在し、それに基づいて優劣を競います。使用するのは国際セーリング連盟(World Sailing)によって規定された、「セーリング競技規則(RRS)」です。このRRSはオリンピック開催年を基準にして4年ごとに改訂され、日本セーリング連盟(JSAF)による日本語翻訳版のルールブックも出版されています。

(ルール・ブックアプリはこちらから >)

スタートやレース中のルールなどを知っておくと、よりレースへの理解が深まり楽しく観戦できると思います。ルールはたくさんありますが、最低限これさえ理解すればOK!というものを詳しく紹介します。

スタート

オリンピックや世界選手権のスタートは、6分前からカウントダウンが開始されます。選手の乗る艇は、2隻の運営ボート(片方がマークのこともあります)で挟まれた仮想のスタートラインをスタートの合図以降に通過することで、スタート成立となります。スタートラインの風上を向いて右側の運営ボートのことを、本部船(シグナルボート)などと呼びます。

470級のスタートの様子
470級のスタートの様子

リコール

スタート1分前からスタートの合図までの間にスタートラインを通過してしまうと、リコール(フライングのこと)となります。リコールした場合のペナルティは、スタート前に運営艇が掲揚する旗(後述)によって異なります。

スタート時の信号旗

ヨットレースでは、運営艇が国際信号旗を用いて、使用するルールの通知や選手への指示を行います。

オリンピックでは、本部船が6分前にクラス旗(レースする艇種の旗)とリコールのペナルティの種類を指定する旗(後述)を掲揚します。その後は毎分数字の書かれた旗によって、スタートまでの時間が示されます(5分前は「5」と書かれた白色旗、1分前は「1」と書かれた黄色旗を掲揚)。残り0分となった時、「1」の黄色旗が下ろされると同時に緑色旗が掲揚され、スタートとなります。

スタートの信号旗を掲げる本部船
スタートの信号旗を掲げる本部船

リコールのペナルティの種類を指定するために、P旗・I旗・U旗・黒色旗(ブラック)などが掲揚されます。

P旗

【P旗】
P旗では、リコールしてもスタートラインまで戻ってもう一度スタートし直せば、失格を回避できます。戻らなければOCS(失格)となります。

U旗

【U旗】
U旗では、リコールするとUFD(失格)となります。ただしスタートやレースがやり直しになれば、失格は取り消されます。

黒色旗

【黒色旗】
黒色旗では、リコールするとBFD(失格)となります。スタートやレースがやり直しになっても失格は取り消されません。

X旗 第一代表旗

【X旗】【第一代表旗】
P旗が掲揚されたスタートでリコール艇がいた場合、本部船にX旗が掲揚されます。リコール艇があまりにも多すぎる場合、第一代表旗が掲揚されて「ゼネラルリコール」となります。この時スタートはやり直しになり、BFD以外のリコールのペナルティは取り消されます。

AP旗 A旗

【回答旗】【A旗】
スタート前に回答旗(AP)が掲揚されることもあります。これはスタートの延期を意味します。回答旗と一緒にA旗が掲揚されると、その日のレースは終了となります。

レース中

スタボポート

スターボード艇とポート艇がミートした際、スターボード艇はポート艇に対してより強い権利をもつので、ポート艇はスターボード艇を避けなければなりません。違反した場合、ポート艇は2回転ペナルティを履行しなければなりません。違反した艇がペナルティを履行しない場合には、他の艇がプロテスト(抗議)することができます。

470級のスタートの様子

上下

風上と風下の関係の場合、風下側の艇のほうが風上側の艇よりも権利が強くなります。違反した場合、風上艇は2回転ペナルティを履行しなければなりません。違反した艇がペナルティを履行しない場合には、他の艇がプロテスト(抗議)することができます。

470級のスタートの様子

クリアスタンクリアヘッド

前後の位置関係にあるとき、前の艇の方が後ろの艇に対して強い権利を持ちます。違反した場合、後ろの艇は2回転ペナルティを履行しなければなりません。違反した艇がペナルティを履行しない場合には、他の艇がプロテスト(抗議)することができます。

470級のスタートの様子

マークタッチ

コースを周回中、ヨットがマークに触れてしまうとペナルティとなります。その場で1回転しなければ、失格になってしまいます。

レース中の信号旗

N旗 A旗

【N旗】【A旗】
風が無くなったり、風向が極端に変化したりすると、N旗が掲揚されてレースが中止となります。また、一緒にA旗が掲揚されると、その日のレースは終了となります。

C旗 S旗

【C旗】【S旗】
レース中に大きな風向変化などでコースが変更された場合は、C旗が掲げられます。また、風速が落ちて時間制限内にフィニッシュが困難になった場合は、S旗でコースの短縮が知らされます。

フィニッシュ

マークを決められた順に周回したら、最後にフィニッシュラインを切ってレース終了となります。フィニッシュラインは、運営ボートとフィニッシュマークを結んだ仮想の線です。1位の艇がフィニッシュしてから規定された制限時間内にフィニッシュしないと失格(DNF)になります。

最終マークからフィニッシュに向かう470級
最終マークからフィニッシュに向かう470級

レース後

審問

海上でプロテストされても、ルール違反していないと思う場合は、ペナルティを履行しないこともできます。その場合、レースが終わった後に陸上で審問(裁判のようなもの)を行います。審問に勝てば成績に変化はありませんが、負ければDSQ(失格)になってしまいます。

ヨットハーバー
ヨットハーバー

ヨットレース用語集

ヨットレースの中継や大会のリザルトなどを見ると、見慣れない・聴き慣れない言葉がたくさん出てくると思います。その中でも特に頻出で重要な用語を集めましたので、レース観戦時などにぜひ参照してください。

(以下50音順)

上(かみ)・下(しも):

それぞれ「風上」「風下」のことを指す。「上マーク」ならば風上側にあるマークのこと、「下艇」ならば風下側に位置するヨットのこと。

クロース・クロースホールド:

風上方向に向かって帆走する際、風向に対して45度程度の角度をつけて進むこと。セールに働く揚力を利用して風上に向かうので、これより小さい角度ではほとんど前に進めない。

帆走可能範囲
帆走可能範囲

ジャイブ・ジャイビング:

ヨットの方向転換の一つ。ランニングから風下方向に回転し、反対タックのランニングになることを指す。

スターボード・ポート:

ヨットの右舷のことを「スターボード」左舷のことを「ポート」と言う。また風をスターボード側から受けている時、そのヨットを「スターボードタック艇(略してスタボ艇)」、ポート側から受けている時は「ポートタック艇(略してポート艇)」と呼ぶ。

タック・タッキング:

ヨットの方向転換の一つ。「ポートタック」などの状態を指す「タック」とは別の用語である。クロースから風上方向に回転し、反対タックのクロースになることを指す。

沈(capsize):

艇が横転すること。沈むことではない。横倒しで「半沈」、完全にひっくり返って「完沈」などと呼ぶ。

トラピーズ:

470級や49er級などで、ヒールを起こすためにマスト上部から伸びたワイヤーによって体を吊り下げる行為のこと。また、その装備品のこと。

49er級のトラピーズ
49er級のトラピーズ

ハイクアウト:

ヒールを起こすために艇の中にあるベルトに足を引っ掛けて身を乗り出す行為のこと。

レーザー級のハイクアウト
レーザー級のハイクアウト

パンピング:

【O旗】

【O旗】
国際信号旗のO旗が本部船に掲揚されると、パンピング行為が認められる。メインセールを大きく出し引きしたり、クルーが艇を大きく揺らすなどして、大きな推進力を得られるようになる。ある程度風が吹いている状況でないとO旗は掲揚されない。

ヒール:

艇が風を受けて横に傾くこと。艇は、基本的に左右に傾いていない状態(フラットと呼ばれる)が最も速いので、ヒールを起こすためにクルーやスキッパーはトラピーズやハイクアウトをする。

タック後のヒールを抑えるためのトラピーズ(470級)
タック後のヒールを抑えるためのトラピーズ(470級)

プロテスト:

レース中にルール違反した艇は、回転などの決められたペナルティを履行する。違反したことに気付いていないなどで、自らペナルティを履行しない艇には、他の艇がプロテスト(抗議)することができる。アンパイア(審判)が海上にいる場合は、その場で判定が行われ、違反艇はアンパイアの指示する回転などのペナルティを履行する。アンパイアがいない場合、ルール違反艇が自分で違反を認めればその場でペナルティを履行して失格を免れるが、異議がある場合はレース終了後に審問(裁判のようなもの)を行い、違反が認められた場合は失格(DSQ)となる。DSQの得点は出場艇数+1点となる。

ミート:

艇と艇が出会うこと。ミートした際にどちらの艇が航路を譲るかというルールが存在する。

ランニング:

風下方向に向かって帆走すること。風を十分に利用するために、スピネーカーやジェネカーなどの第三のセールを使用することもある。

ランニング(470級)
ランニング(470級)

リーチング:

クローズからランニングの間の角度で帆走すること。サイドマークやフィニッシュラインに向かう時などに使われる。

リーチング(470級)
リーチング(470級)

リコール:

スタートにおいてフライングすることを指す。スタート前に運営艇が掲揚する旗によって罰則の重さは変わる。

BFD:

リコールのペナルティの一種。黒色旗が掲揚された時にリコールすると与えられる。その艇は、仮にスタートやレースがやり直しになっても失格となる。フィニッシュしても得点表にはBFDと書かれて、出場艇数+1点が与えられてしまう。

DNF:

1位の艇がフィニッシュしてから規定の制限時間内にフィニッシュしなかった場合、DNFとなり、得点が「出場艇数+1点」となる。

OCS:

リコールのペナルティの一種。国際信号旗のP旗I旗が掲揚された時にリコールしてスタートをルール通りやり直さないと与えられる。フィニッシュしても得点表にはOCSと書かれて、「出場艇数+1点」が与えられてしまう。

UFD:

リコールのペナルティの一種。国際信号旗の U旗が掲揚された時にリコールすると与えられる。その艇は、スタートやレースがやり直しにならない限り失格となり、フィニッシュしても得点表にはUFDと書かれて、「出場艇数+1点」が与えられてしまう。

もし自分の艇を持っていなくても、セーリングを諦める必要はありません。興味が湧いた方は、ぜひ一度お近くのハーバーで体験してみてください。各都道府県のセーリング連盟やヨットクラブの多くが、体験者を募集しています。

また、掲示板「乗りたい人、乗せたい艇、大集合!」にも、乗船者募集中の船や体験会の情報が掲載されています。お住まいの地域で気軽にセーリングができる機会が見つかるかもしれません。

セーリングはお子様から年配の方まで、生涯を通して楽しめるスポーツです。ぜひこの機会に楽しいセーリングライフを始めてみてはいかがでしょうか。

Photo by Kazushige Nakajima