J-Sailing

日本のヨット界、その新たな出発を迎えて


(J-Sailing 1999年5月号 発行特別企画 より)

 ディンギーとクルーザーの二つの組織に分かれていた日本のヨット界は, このたびJSAF/(財)日本セーリング連盟という名で統合し, 新しい時代を迎えました。
新組織の機関紙として誕生した本誌J-Sailingは今回の発刊を記念して,これまで各々の旧組織で長年尽力 されてきたお二人にご登場いただき,統合までのの経歴をはじめ新組織の体制や方針など,さまざまなお話を語っていただきました。

対談:米澤 一(旧日本ヨット協会副会長・日本セーリング連盟副会長)
   古川 保夫(旧日本外洋帆走協会副会長・日本セーリング連盟外洋本部長)
司会:豊崎 謙

 おたがいの歩み寄りから生まれた「連盟」という名称

■JSAFという新しい組職になり、具体的にどんな変化があるのでしょうか。 これが新しい機関誌「J-Sailing」の読者、つまり 日本セーリング連盟という新組織のメンバ一の興味だと思われます。
 たとえば、文部省所管の財団法人であった日本ヨット協会と、運輸省所管の社団法人であった 日本外洋帆走協会が統合されると、新しい組織の法人格はどうなるのでしょうか。 また、組織の機構としてはどんなかたちになるのでしょうか。
とくに、旧外洋帆走協会の会員のなかにはヨット協会に吸収されてしまうのではないか、といった反応もあるようです。 それにお答えいただく意味も含めて、 お聞きしたいのですが。

米澤:新しく法人格の認可を受けるには莫大な基金が必要となるので、どちらかの法人格を活かさねばならないということになり、 新しい組織は法的に有利とされる財団法人とし、運輸省と文部省の両省の共同管轄というかたちになりました。
 組織図としては旧ヨット協会の総務、事業、技術、競技の四本部制に外洋本部が加わって五本部制となり、これにオリンピック対策 を担う特別本部が設置されます。
 そして、各本部の下に委員会が配され、二つの旧組織のメンバーがすべての委員会に配属されます。 日本セーリング連盟の「連盟」という呼称も、おたがいが協会という呼び方を外して国際連盟に見習った名称にし、 どちらかがどちらかを吸収するなどということではなく、完全に新しい一つの組織になったことを強調しています。

古川:これまで旧外洋帆走協会は、海上保安庁の管轄区である管区に対応して支部を分けていました。 一方、旧ヨット協会は47都道府県の行政区にしたがって、県連単位で組織していました。
そこで、旧ヨット協会の財団法人という枠組みを使いつづけることもあり、 旧外洋帆走協会の支部というかたちと県連の行政区単位のかたちを、やがて統一することにしました。 ただし、旧外洋帆走協会としては一挙に何もかも変更できませんので、 向こう4年をかけて徐々に新しい組織に対応していこうと考えています。

米澤:細かいことを言うと、財団は財を核とするので組織単位、社団は人を核とするので個人単位といった違いがあり、 組織としての個性も異なっていました。
 たとえば、重要事項について個人単位で議決権を持つ旧外洋帆走協会に対して、 旧ヨット協会は各都道府県連代表が集る評議員会で決められていきます。 このあたりは五本部制のすべてのなかにおたがいのメンバーをおくことによって、徐々におたがいが慣れていくことと思います。

古川:中央の組織がどうあろうと、実際に活動するのは各地方組織です。 セーリング連盟と枠組みが新しくなったとしても、 各地城の特性を活かしたやりかたを尊重していきたいと思います。
誤解を恐れずに言うなら、そういう意味でなるべく中央の組織は何もやらずに、各地域にお任せしたい。 そのためにも、旧外洋帆走協会の支部も徐々にかたちを変えていければと考えています。

■現実的には、各水域では旧外洋帆走協会も旧ヨット協会も同じ人がメンバ一であったり、 さまざまなしースやイベントで双方が協力し合っていたりと、以前から交流はつづいていました。 二つの組織が統合されたとしても、これまでとどう異なるのかピンと来ない人も多いのではないでしょうか。

米澤:旧ヨット協会も旧外洋帆走協会も、異質のグループではありません。 セーリングというスポーツを通じて集う仲間なわけです。 県連や支部という考え方は、その仲間を事務手続きのためにゾーニングしていた過ぎません。 実際には学生時代にディンギーをやり、社会人になってクルーザーを楽しんでいる人は多いわけです。
 そこで大切なことは、これまでの組織にとらわれない考え方をすることです。 つまりディンギー、クルーザーという枠組みではなく、セーリングをともに楽しむ「クラブ」という概念です。 「クラブメンバー」が新しいセーリング連盟を構成する単位として機能するなら、 ディンギーもクルーザーも、レースもクルージングも、ジュニアもシニアも、 艇種別ごとの組織や学連、実業団などもすべて包含できるわけです。 そして、各都道府県内すべてのクラブを統合する組織体が、47都道府県の地域連盟であるという考え方なわけです。

古川:統合の一番の目的はここにあります。次世代につなげるためにこのタイミングで統合したんだと、 後世のセーラーに胸を張りたい。 世界の競技規則を見てもほとんどがクラブ単位でものを考えているし、 現実にはすでにそのように機能している地域のヨットクラブだって日本にもあります。
 たとえば、なぜニュージーランドはヨットレースであんなに強いのかと言えば、 ヨットクラブという地域に根差したセーリング環境があって、子どものときから親子でセーリングを楽しんでいるからでしょう。こうした環境を、日本でも育てていきたいですね。巷では、 「子育てしない親は、父親ではありません」なんていう風潮が出てきていますが、 「セーリングをいっしょにしない親は、父親ではありません」という具合になってくれれば、いいんですがね(笑)。
 それに、ワンデザインクラスやミドルボートのように自分たちで組織をつくり、 独自の運営をしている人たちがいます。そこに中央の組織が何をするではなく、彼 らがめざすもののお手伝いができれば、地域クラブとは異なったかたちのクラブ組織も発展します。 新しい日本セーリング連盟のなすべきことは、ヨットクラブを日本に根づかせることだと言い切ってもいいのかもしれません。 時間はかかると思いますが。

二つが一つになったスケールメリット

■二つの組織が統合して、メンバーの絶対数が増えればスケールメリットも増します。 いまのクラブ構想も含めて、さまざまな可能性が生まれてきて欲しいと思います。
 たとえば、ヨットレースのルールに関して国際的な発言力をもっとつけるとか、統合の機を利用してセーリングそのもののパブリシティ 活動をもっと積極的に行い、普及に役立てていくとかがスケールメリットとして考えられますが、いかがでしょうか。

米澤:ルールに関するスケールメリットということでいえば、旧組織のルール委員会の人事交流はすでに行われており、 この点ではより正確なルール解釈や運用が十二分に考えられます。 どんなタイプのレースであれルールの基本は同じなのですから、この分野への期待は高いわけです。 ジャッジやアンパイアの方の数もどんどん増えています。
 また、イベント現場などでこれまで相談しないとできなかったようなシーンでも、 今後はディンギー、クルーザーを問わず同じシステムの中で動くわけですから、さらに状況はよくなるはずです。 時間も手間も節約できますよ。統合するメリットというのは、身近なところで感じてもらえるはずです。

古川:国体でマリーナが整備されても、国体が終了した後、地域によってはその利用者が少ないといった話を聞いたことがありますが、 こうした問題もアイデア次第で解決できるかもしれません。 また、先ほどのクラブの育成を図り、活用していくといったことで、新しい利用方法が開発できるかもしれません。
 そうそう、こういう話のときにいつも出るのが、「だったらメンバーになるメリットは何か?」という質問です。 レースを楽しむ人には比較的メリットを説得しやすいのですが、クラブということを基本にするなら、 仲間で楽しめる場こそが新しい組織に入るメリットなんですよね。 そんなことを、レースをやらない人にも堂々と説明できるようになると思います。 たとえば、安全面ひとつとっても、仲間といっしょにやっていれば格段にその面でのメリットは出てくるわけです。
ただ昔からの課題ですが、セーリングをしていて組織に属している人は全体の何分の一かの数字でしかないんです。 これをいかに上積みしていくかが、新しい組織でも同じ課題となってくるでしょうね。

米澤:これは、多くのジャンルのスポーツでも同じ課題を抱えているんですよ。 各々のスポーツ人口のほんの一割か二割の人しか、団体に所属していないわけです。 なぜかといえば、競技を楽しむ人にとっては所属する意味があるのですが、 そうでない人たちにとっては組織に入っている意味を見出しにくいんです。 これをメリット論、非メリット論で考えるのではなく、セーリングの仲間と集うこと、 そしてより多くの親しい仲間を作り、ともに助け合い、また喜び楽しみあえる場に入ったこと、 そのものに意味があるという方向にもっていかねばなりません。 クラブ本来のあり方をアピールしつづけていかねば、当面の利益を求めるだけの集団になってしまいます。

スポーツという言葉を使うなら、どんなスポーツにしても競技スポーツと生涯スポーツとしての両面を持っているわけです。新しい組織の下では、競技スポーツとしての選手強化と生涯スポーツとしてのジュニアから高齢者までの育成・普及を両輪として、活動していきたいものです。普及発展がないかぎり、競技面での好成績というのも期待できないからです。それにはより多くのメンバーの参加が必要になってくるわけですから、新組織になってのスケールメリットを大いに活用したいですね。
ただー般論ですが、いまはヨットだけではなく日本のすべての競技スポーツが弱くなっています。その原因を研究してみると、やはりクラブ組織の遅れというところに行き着くんです。クラブにもいろいろあって、欧州のような市民生涯クラブ的なものとアメリカのようにカレッジ施設を中心としたクラブがあり、日本はこれからどうするかという検討期の段階にあるというわけです。

■1999年に統合されるその年に、日本にとっては3度目のアメリカズカップ挑戦が始まるというのも、タイミングとしてはいいのではないでしょうか。アメリカズカップ挑戦で得られる技術的なノウハウを吸収し、それをー般のセーラーに伝えるには窓口がーつの方がやりやすいと思います。また、セーリングの魅力を伝えるという対外的なバブリシティを考えると、アメリカズカップは絶好の素材だと思います。

米澤:おっしゃるとおりで、アメリカズカップの挑戦艇はナショナルオーソリティ(日本では日本セーリング連盟)の認めたクラブのチームです。このチームの活躍については、本誌「J-Sailing」でも大いに取り上げていかねばならないし、ニッポンチャレンジの山崎達光会長には日本セーリング連盟でも副会長として引き続き尽力いただくことになります。

古川:サポーターを送り込んで、応援団でも結成するような盛り上がりにしたいですね。■ところで話は前後しますが、そもそもなぜ二つの組織が統合されるようになったのか、その経緯を簡単に説明していただけますか。

米澤:昔からヨットをやっていた人ならご存知なのですが、旧外洋帆走協会と旧ヨット協会は東京オリンピック(l964年)の年に、各々が社団法人、財団法人として別々の路を歩むようになりました。そして、およそ20年ほど前から統合の話し合いが持たれてきましたが、双方の歩み寄りが実現せずに過ぎてしまいました。しかし、ふたたび2年ほど前に旧外洋帆走協会のなかで、世界情勢にも鑑みて統合した方がいいという動きが出ました。
一方、旧ヨット協会でも4年ほど前からセーラーのための統一した組織をめざすためにタスクフォース21」という研究グループを作っていました。そして、グアムレースの大事故についても、セーリング界としてはいっしょになってこの事態を考えるべきだという動きも強く働き、急速に統合への話が具体化してきました。
また、ISAFからも日本は早く統一してほしいと要望がありました。日本はISAFにおける高額会費納入国であるわけで、そのようなところがインショアとオフショアに組織が分かれているのはいかがなものか、ということだったのです。 組織が統一されているのが世界の常識であり、わが国のようにニつの組織が存在する国は少なかったんですよ。

古川:旧ヨット協会の秋田博正会長は旧外洋帆走協会の副会長でもあり、旧外洋帆走協会の戸田邦司会長は学生時代にディンギーセーラーでした。おたがいに結束していこうという気運の下、このお二人の経歴が統合の流れを加速させた面もあります。
いまは地域が活性化せねばいけない時代だし、生涯スポーツとしてのセーリングを考えた場合、世代を横断した組織にせねばなりません。そんなときに、大型艇だ小型艇だと言ってはいられません。世の中の流れが、ニつの組織を統合の方向へ進ませたのだと思います。

■統合によって、プラス面だけではなくマイナス面も発生しないのでしょうか。たとえば、会費はどうなるのでしょうか。細かい話ですが、これまで複数年会費を支払ってきた人はどうなるのですか。

米澤:基本となる会費は5,500円で、これは旧日本ヨット協会の会費より多少増額、旧日本外洋帆走協会より低額となります。当面は、旧組織のどちらの窓口を通して支払ってもいいということにしています。 これまでニつの組織に入っていた人は、もちろん今後の会費はーつでよくなります。
また、複数年会費を支払った方は当然、有効です。こういった細かい質問はJSAF事務局(03-3481-2357)まで問い合わせいただければ、お答えするようにしていますので、どんどんご連絡ください。

古川:統合によるマイナス面というか、デメリットはほとんどないでしょう。あるとすれば、これまでの支部と県連との間で調整の話し合いをしなければならないぐらいでしょう。仲間が増えれば会費も安くなるかもしれないし、保険にしたって加入者が増えれば料率は下がります。だから、いままで以上に会員を増やしてスケールメリットを増やすようにせねばならない、という新しい課題が出てきます。 会員が増えれば管轄省に対してもいろいろな要望を伝えやすくなる。これからは文部省と運輸省のニつが要望先になるわけですから、これもスケールメリットのーつかもしれません。

■長年、語りつづけられてきた統合がここで実現しました。一つになってより大きな組織になったわけですので、そのスケールメリットを存分に発揮し、ヨットの普及に尽力していただきたいと思います。おニ方とも、今日はありがとうございました。